二本松総鎮守 二本松神社
二本松神社は寛永20年(1643)二本松藩成立に伴い藩主として入部した丹羽光重公の敬神愛民の精神から丹羽家の守護神である八幡宮を左に、領民の守護神を右に二つの神様を祀る御両社として現在の場所に遷宮された。

二度の大火で消失した後文化三年(1806)に再建され、二本松に残る代表的な建造物
でもある。二本松地方の総鎮守であり、秋の例大祭は、絢爛豪華な二本松提灯祭りとして続けられた祭りは、毎年十月四・五・六日に開催される。
祭りはこの境内で神様から火をいただく儀式からスタートする。



二本松神社拝殿
建立から200年、二本松を代表する建築物でもある


二本松神社例大祭
祭りの意味・例大祭について

人は毎年正月に神から新しいタマを頂き、活動の源とすると考えられていたのである。この正月に神から頂くタマが変化したものが、現在の「お年玉」である。人は死ぬと、そのタマは西方の山へ行き、春には「田の神」となって里へ降り、米の取り入れが終わると山へ帰るとされていた。

人間は日々の活動の中で疲れてくるのはタマが衰えてきたためと考え、タマに活力を取りもどすために「祭」を行ったのである。神々を招き、多くの食物(御神饌)や酒(御神酒)を供え、後に人々がそれを頂く「神人共食」、歌舞音曲を奏して共に楽しむ「神人饗応」、更に「神人交霊」を通してタマの活力を回復する。これが古来からの祭の考え方となっている。

祭も時代により様々に変化してきた。古くは祭のたびに広場に立てた依代(神を招くもの)に山から降臨を願った神々も、今日では本殿に鎮り、広場も拝殿という建物に変化し、神々は神輿に乗られて各町内を廻られる。

二本松においては旧暦8月15日を挟んで行われていた祭も、大正7年、二本松大火の年から、現在の10月4.5.6日に変わっている。しかし、変わらないものもある。毎年各町の太鼓台に提灯を灯し、依代である「スギナリ」に神々のタマ(分御霊)を招き、音曲である祭囃子を奏しながら町々を廻る。又、神々が神輿で町々を廻られる時は太鼓台が供をし、人々は依代である幣束を身につけ、神々のタマを直接その身に受けている。

時代が変わり、祭の形態も変化してきているがl、神々と地域の人々が共に楽しむ「神人響応」の基本は不変である。     
                              (文) 二本松神社 権禰宜 相原秀郎 



祭りの最初に行われる最大の神事
二本松神社例大祭



若連による神輿還御



二本松神社には二つの神様が祀られている
 
 八幡宮 ・ 熊野宮

 従って、御神輿も二つある。 
 八幡宮は隔年、松岡町と本町の若連が交代で御神輿を担ぐ。
 熊野宮は毎年、亀谷町の若連が御神輿担ぐ。

二本松神社の「例大祭」は以下の内容で神事が行われる

清祓祭
 早朝、神職のみで行われる

若連修祓祭
 祭礼に先立ち各字若連が祭典期間中の無事を祈願して参拝し修祓を
 受ける

例大祭
 連合会若連・各字若連、総代会、奉賛会役員が参列して行われる祭りの中心的お祭事

移霊祭・御神火祭
 拝殿の明かりを全て消し御神輿に御霊代を移す祭。さらに、拝殿前の篝火へ火を移す。 太鼓台に灯す火を御神火走者が松明に頂いく神事。

神幸祭 
 御霊代乗せた御神輿は各町内の御旅所をまわる。

発輿祭
 御神輿が神社を立つ時に行われるのが発輿祭。 (10月5日10時・太鼓台宮揃い時)

還御祭
 御旅所を廻り終えたふたつの御神輿はそれぞれ亀谷・松岡または本町の若連により還御が行われる。還御を終えた御神輿から本殿へ御霊代を移す行事。

御鎮火祭
 火を用いる祭なので神々への祈りが行われる。巫女舞も奉納される。

後鎮火祭
 その年の例大祭がつつがなく終了したことを神々に報告する祭。